映画化するらしいという噂を親父から聞いて、久々に引っ張り出しました魍魎の匣。
これを映画化なんて、どうやってするんだ・・・。
だってハコで「ほぅ」だよ!あの甘美な世界をどうやって!と思わず喚き散らしてしまった次第です。
姑獲鳥の夏に続く京極シリーズ(妖怪シリーズとも言われるが、実際シリーズ名は特にないらしい)の2作目。
恐らく木場修の淡い恋心がメインな本作ではありますが、わたくしは初期段階の比較的まともな榎さんが気になります。凄く気になります。
榎さんこと榎津礼次郎といえばシリーズ通して滅茶苦茶で帝王で周りからは顔はいいと認められているが変人扱いされてる、天上天下唯我独尊を地でいっているような方ですが、彼の奇人もそれを上回る変人(父親)の前ではしおらしいもんです。
あーかわいい。
真面目な事を言えばこれは一人の"人間"という匣に囚われた女と、匣を見たが故にそれに囚われてしまった男と、生きるために匣に捕らわれた少女の話。
それぞれに思い入れはありますが、特に小説家・久保のいっそ純粋なまでの想いは考えさせられるものがあります。
彼に感情移入するっていうのはヤバいような気もしますが(苦笑)。
匣を欲するがあまり匣に捕らわれた久保。
その匣を開けようとした関口君。
私もその場にいれば、匣を開けたいという欲望に勝てなかっただろう、と思う。
改めて読みかえすと、色んな角度から考えることができるようになっている分、奥深く考えることができるなーと思いました。
だから再読って好きなんですよ。
追記。
作中で語られているバラバラ殺人についての解釈が、私の中でしっくりきて妙にスッキリしました。
人は非現実的なものに直面すると、スイッチを切り替えるために冷静になるのかもしれませんね。